本シリーズでは3回に渡って、新規事業創出における顧客開発の検証活動、ソリューションプロダクトフィットとプロダクトマーケットフィットに向けた取り組みについてご紹介いたします。
・新規事業創出について検討したいが、どこから始めればいいかわからない
・新規事業チーム内の共通認識を作りたい
・新規事業創出にあたる検証活動を理解したい
といった方々のお役に立てますと幸いです。
本シリーズ・新規事業創出におけるソリューションプロダクトフィットとプロダクトマーケットフィットに関する記事の一覧
マーケティングとブレイクスルーの関係性
顧客に製品やサービスを届けるためには、マーケティング活動が不可欠です。ここではマーケティングを「顧客を獲得し関係性を構築するために必要な業務や技術、体制」として説明していきます。
マーケティングの設計では、先のフェーズ(プロブレムソリューションフィット)で作成したカスタマージャーニーマップとビジネスモデルキャンバスを参照し、顧客に対し、いつ・どこで・どんなアプローチが有効かを検討していきます。マーケティング活動を検討するための項目として「①どこでターゲット顧客にリーチするか」「②どのような関わりをするのか」「③どのように顧客になってもらうのか」「④顧客になった後どんな価値や体験を提供するのか」「⑤どのように関係性を維持するのか」「⑥どのようにリピートしてもらうのか」の6項目を整理しておくといいでしょう。これらの項目もマーケティング活動を進めていく中で改善を行ってください。近年はWebを含めたデジタルマーケティングに関する手法やツールがどんどん進歩していますので、そうしたナレッジの活用もおすすめです。
そして、マーケティング活動が思うように成果を生まず、行き詰まりを感じた際に、障壁を打破するブレイクスルー手段も検討していきましょう。ここでは「不可能に思えるチャレンジを可能にする工夫」として、マーケティングにおけるブレイクスルーについてご紹介いたします。(マーケティングブレイクスルーは「グロースハック」とも呼ばれます。)
ブレイクスルーでは「AIDMA」や「AISAS」といった顧客の購買行動を見直し、小さな改善や斬新な打ち手を行うことで、障壁の突破を目指します。 マーケティングブレイクスルーの事例として、民泊マッチングプラットフォームのAirbnb、動画ストリーミングサービスの Netflixの2事例をご紹介させていただきます。
マーケティング・ブレイクスルー事例:Airbnb
まずはAirbnbの事例をご紹介します。Airbnbは2008年にアメリカ・サンフランシスコでスタートした民泊マッチングのプラットフォームです。
サービスリリース後はプロブレムソリューションフィットの段階を超え、リピーターも付き始めていましたが、いくつかの都市では物件の予約がなかなか行われないなど、スケールに向けては多くの課題を抱えていました。
創業者たちがその原因を探ってみたところ、部屋や宿泊場所を貸し出す側であるホストが物件を登録する際に、携帯などの簡易機材で撮影を行なっており、サイトに掲出されている画像は画質が悪い上に薄暗く不潔に感じ、ゲスト側の「知らない人の家に泊まる」という心理的障壁を越えられないことがわかりました。
そこで創業者たちが自らニューヨークを中心に実際の物件を訪ねて撮影し、物件ページに掲載されている写真を質の高いものへと差し替えていきました。その結果、その月の終わりにはニューヨークでの売り上げは2倍以上に跳ね上がりました。さらに他の土地でも同様の施策を行ったところ、宿泊予約平均が2.5倍も向上する結果となりました。
現在ではAirbnbのサイトではほとんどの物件が質の高い写真とともに紹介されていますが、こうした小さな改善がブレイクスルーとして機能し、サービス全体のカルチャーとして浸透したと考えられます。ブレイクスルーとともにサービス全体の価値を向上させた事例として参考になる点が多いのではないでしょうか。
マーケティング・ブレイクスルー事例:Netflix
次にご紹介するのは、動画ストリーミングサービスのNetflixの事例です。Netflixは2015年に日本でのサービスをスタートしましたが、日本国内ではすでに国内作品を中心としたストリーミングサービスが顧客を獲得しており、当時Netflixは後発の立場でした。しかしながら現在では、多くの顧客を獲得し1位2位を争う規模に成長しています。
Netflixの日本市場参入にあたり大きな障壁となったのは先行サービスではなく、国内テレビ局コンテンツの充実度と、Netflixで視聴可能な日本コンテンツの少なさでした。こうした障壁を打破するためにNetflixが行ったマーケティング・ブレイクスルーは、国内向けに生産されるテレビリモコンに、Netflixのボタンを埋め込むことでした。
当時日本で増えつつあったネット対応のテレビを生産しているメーカーと交渉し、リモコン製造費の10%をNetflixが負担することを提案しました。リモコン1つあたりの製造原価は100円程度で、Netflixの負担額は10円ほどの計算となります。ネット対応のテレビを買い求める顧客はNetflixのターゲットと合致していたこともあり、Netflixのボタンがついたリモコンは日本市場の新規出荷・250万台に導入され、認知拡大と利用者獲得に高い効果をもたらしたと考えられています。
こうしてNetflixはわずか2500万円で、日本市場において効果的なマーケティング・ブレイクスルーを実現したことになります。現在では、多くのネット対応テレビにNetflixをはじめyoutubeやhuluなどの動画配信サービスのボタンが付いていることは珍しくありません。Netflixのマーケティング活動と顧客利便性が合致した結果、一過性な活動でなく継続的なマーケティングと顧客維持につながっていると考えられます。
ブレイクスルーのための顧客理解と周辺分析
では、そうしたブレイクスルーを実現するにはどういった取り組みが必要でしょうか。ここでは重要な取り組みとして、「顧客理解」と「周辺分析」の2つをご紹介させていただきます。
まず1つめは「顧客理解」です。言葉の通り「顧客を理解する」ということになりますが、ターゲットとなる顧客が製品やサービスを利用したり購入する動機、また利用や購入の障壁になるものに対し深い理解が必要です。先に紹介したAirbnbの例では、宿泊する側のゲストが抱えていた「知らない人の家に泊まる」という不安がサービスを成長させる障壁であることがわかり、その不安を解消する手段として、写真の差し替えがブレイクスルーとなりました。ここでポイントになったのは、ゲスト側の利用障壁を下げることでしたが、こうした取り組みを実現するためには深い顧客理解が必要になります。
次に「周辺分析」です。周辺分析とは製品やサービスを展開する市場や、事業の周辺環境をよく理解するということです。Netflixの事例で紹介したように、ターゲット顧客が利用購入することが想定される別の製品やサービスに協力を仰いだり、積極的に関与していくことは大変有効です。
さらに、成長している他のビジネスをリサーチしその傾向を掴んだり、顧客インタビューや観察による定性調査も、意外なマーケティングチャネルの発見が期待できます。
さいごに
ここまで3回に渡り新規事業創出における顧客開発の検証活動、ソリューションプロダクトフィットとプロダクトマーケットフィットについてご紹介してきました。最後にお断りをしておくと、これらは新規事業を創出するにあたり知っておきたい基本的な概念となります。実際のプロジェクトではこうした基本的な知識のほか、さらに専門的な業界やビジネスの知識や経験が求められます。
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【参考書籍】
・秦充洋『事業開発一気通貫 』日経BP出版、2022年
・北嶋貴郎『新規事業開発マネジメント』日本経済新聞出版、2021年
・廣田章光 『デザイン思考 マインドセット+スキルセット』日本経済新聞出版、2022年
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