本シリーズでは3回に渡って、新規事業創出における方向転換や探索と適応に向けた取り組みについてご紹介いたします。
・新規事業創出について検討したいが、どこから始めればいいかわからない
・新規事業チーム内の共通認識を作りたい
・新規事業創出にあたる検証活動を理解したい
・探索活動の位置付けや方向性を知りたい
といった方々のお役に立てますと幸いです。
本シリーズ・新規事業創出における方向転換・探索と適応に関する記事の一覧
方向転換・ピボットとは何か、そのタイミングと注意点
ピボットとは、新規事業創出や企業経営においては「方向転換」や「路線変更」を意味する言葉です。特にスタートアップや新規事業創出の文脈では「アイデアの特定部分を軸足として、それ以外の部分を変更すること」を意味します。
ピボットのタイミングは、ここまでの検証活動の中でどうしても仮説が実証できない時や、このまま進めてもスケールが見込めない時、技術的な課題をクリアできない時など、さまざまです。
ピボットを行う際に注意したいのは、ピボットはあくまでも「方向転換」であるという点です。経てきたプロセスのうち、うまくいったこと、いかなかったこと、課題になっていることなどをきちんと洗い出し「どこを残し」「どこを変えるのか」ということをチーム全体で共有し合意することが重要です。
新規事業創出のプロジェクトは課題の連続ですが、ピボットを容易・無計画に行ってしまうことで、ここまでの検証やチームの学習成果を無駄にしてしまうことがあります。ピボットを行う際には、慎重になりながらフットワークを軽くするという、一見矛盾するようですが、柔軟な姿勢や対応が求められます。
ピボット9の型
新規事業創出における方向転換、ビポットに関してはいくつかの型が存在します。ここでは9つの型と、実際の事例をご紹介していきます。それぞれの特徴や役割を踏まえご紹介していきますので、ピボットを行う際の参考にしていただけると嬉しいです。
ピボットの型①Zoom-in pivot(ズームイン・ピボット)とinstagram
ズームイン・ピボットは、製品やサービスの一部の機能であったものを、主要機能に変更する手法です。MVPを通じて検証した結果をもとに、主要機能ではなくサブ機能に強いニーズがあることがわかった場合、こうしたピボットが考えられます。
ズームイン・ピボットでは、たとえば、空間や室内の温度を下げるために多機能なエアコンを開発するのではなく、冷風機能に絞った製品にするなどといった手法です。競合が多い場合に特定の機能に特化することで差別化を図るという考え方です。 こうしたズームイン・ピボットの事例として、写真共有SNSであるinstagramをご紹介します。
instagramは、現在私たちが知るようなサービスの形になる以前は、burbnという現在地の写真共有を売りとしたソーシャルチェックインアプリでした。burbnはサービスの性質上、機能は複雑ですが目立った特徴はなく、当時流行しつつあった他のソーシャルチェックインアプリとの差別化ができていませんでした。そこで、burbnのユーザーが実際に利用している機能をリサーチしたところ、写真の共有を目的とする利用が多いことがわかりました。そうしてピボットにより、位置情報機能を活かした写真共有SNSへと事業方針の転換を行なったことで、現在のinstagramとなりました。
ピボットの型②Zoom-out pivot(ズームアウト・ピボット)とTSUTAYA
ズームアウト・ピボットは、現在の製品やサービスの機能では、顧客のニーズや課題を解決しきれない場合に、それをより大きなプロダクト全体の一部の機能に変える手法です。機能拡張や取扱製品・ジャンルの追加、サービス自体のマルチ化といった路線変更が該当します。
ズームアウトビボットは、製品やサービスがスケールする途中やその後の拡張手段として検討するものとしてご理解ください。 ズームアウト・ピボットの事例として、TSUTAYAのTポイントを挙げることができます。
TSUTAYAはもともとレンタルビデオ事業者であり、Tポイントはレンタルサービスを利用する顧客向けのものでした。現在は他社と連携してさまざまな店舗やサービスでTポイントを活用できるようになっています。それにより顧客の購買履歴や消費行動をデータ化し、さまざまな企業にマーケティングデータとして販売しています。この事例はズームアウト・ピボットだけでなく、顧客価値を見極めるという観点で「ズームイン・ピボット」や、対象顧客を変更するといったいくつかの複合的なピボットを実行していると考えられます。
ピボットの型③Customer segment pivot(顧客セグメント・ピボット)とShopify
顧客セグメント・ピボットは、ターゲット顧客を最適化するために、ペルソナを変更する手法です。課題とソリューションに対する仮説が当初の想定とは異なるペルソナで検証できた場合や、サービスをより成長させるため、顧客となるペルソナ像を拡大・追加したりする場合に行います。
顧客セグメント・ピボットの例としては、インターネット上のショップを構築するサービスプラットフォームであるshopifyを挙げることができます。創業者であるトビアス・リュケ氏は、2004年にハイエンドのスノーボードを販売するECサイトを立ち上げました。その際、既存のEC・ネットショップ構築支援サービスを活用しましたが、デザインや機能のカスタマイズ性の低さに悩まされました。
それでも苦労してサイトを立ち上げ、オープンしたところ、ストアが大きな話題となり、開発方法の問い合わせが増えたためピボットを行い、2006年にEC構築サービスとしてshopifyをリリースしました。現在ではEC構築サービスとして世界的なシェアを獲得しているサービスにも、こうした意外なピボットストーリーがあります。
ピボットの型④Customer need pivot(顧客ニーズ・ピボット)とairbnb
顧客ニーズ・ピボットは、プロダクトによって解決する課題が顧客にとってさほど重要でなかったり、製品やサービスに対しお金を払う意思が確認できなかった場合などに、顧客そのものの見直しや課題・ペイン・ニーズの再検証を行う手法です。「顧客が得られるメリットが小さい」「顧客の課金意欲を刺激しない」と感じられる製品やサービスに有効なピボットであると言えます。
顧客ニーズ・ピボットの事例としてairbnbをご紹介します。民泊やスペースレンタルのマッチングプラットフォームであるairbnbは、サービス名にある通り、個人が自室のベッドを貸し、朝食を提供するサービス「Bed and Breakfast」としてスタートしました。サービスを運営していく中で、ニューヨーク在住のミュージシャンが、ツアー中に自身のアパートを全て貸し出すというアイテムを登録したことで、スペースレンタルの可能性にきづきました。
これまでサービスのコアであった「提供者が部屋にいること」「朝食を提供すること」といった「Bed and Breakfast」ルールを廃止し、スペースレンタルおよびマッチングサービスへピボットしました。
ピボットの型⑤Platform pivot(プラットフォーム・ピボット)とWechat
プラットフォーム・ピボットは、アプリケーションをプラットフォーム化するか、もしくはその逆を行う手法です。多くの場合、プラットフォームそのものはソリューションにはならず、単一のアプリケーションのみがソリューションになりえます。そのため、まずキラーアプリケーションを生み出し、その周辺のビジネスをプラットフォーム化します。また、逆にプラットフォームを志向していたが、例えばその領域で圧倒的に強い他のプラットフォームが出現してしまった場合に、自社のプラットフォームを捨て、自らを単一アプリケーションとしてそのプラットフォームへ展開することも指します。
プラットフォーム・ピボットの事例として、中華系マルチサービスWechatをご紹介します。WeChatは中国系LINEと言われることもあります。チャットアプリとしてスタートし、現在ではSNS、ライブコマース、通話、ショッピング、ウォレット、公共料金支払い、チケット予約などさまざまな機能があります。中国国内では「スマートフォンを購入したら一番最初に入れるアプリ」と言われるほど普及しています。
WeChatがこうしたマルチプラットフォームアプリに成長したのには、中国政府の働きかけもありますが、プラットフォーム・ピボットとしては世界最大のケースであると考えられます。
次回:方向転換・ピボット②
次回は「方向転換・ピボット②」についてご紹介させていただきます。
【参考書籍】
・秦充洋『事業開発一気通貫 』日経BP出版、2022年
・エリック・リース 『リーンスタートアップ』日経BP出版、2012年
・シンディ・アルバレス『リーン顧客開発』オライリージャパン、2015年
・アッシュ・マウリャ『リーンスタートアップ成長戦略』 日経BP出版、2017年
Comments