本シリーズでは3回に渡って、ビジネスモデルイノベーションについてご紹介いたします。
・新規事業創出について検討したいが、どこから始めればいいかわからない
・新規事業チーム内の共通認識を作りたい
・ビジネスモデル構築の基本的な考え方を理解したい
といった方々のお役に立てますと幸いです。
本シリーズ・新規事業創出における方向転換・探索と適応に関する記事の一覧
本稿は、川上昌直『収益多様化の戦略―既存事業を変えるマネタイズの新しいロジック』東洋経済新報社 / 2021年を参考に、収益設計の初学者向けに本書の一部をわかりやすい説明を加え整えたものとなっております。本稿と合わせ書籍もお買い求めいただき、体系的な学習へステップアップしてください。
収益源の多様化と「課金」
利益イノベーションを実現するためには、まずは「収益源の多様化」について考える必要があります。収益源を財務や会計の視点で捉えようとすると、すぐに思考停止に至りますが、デジタル時代においては「課金」というキーワードで検討していくと考えやすくなります。
課金とは、文字通り企業やサービスの提供者が「料金を課す」という意味です。現在認識できる収益源はすべて「何かの製品やサービスに対して、誰かが、どこかのタイミングで支払ったもの」であることは間違いありません。このように考えると、新たな収益減も、まだ見ぬ誰かが何かに対して、どこかのタイミングで支払うものであると考えることができます。収益源の多様化は、こうした視点で「課金箇所を増やす」と考えていくといいでしょう。
ものづくり企業の多くが「課金」と聞くと、「主要な顧客から、今サービスを提供し、即時に支払ってもらうもの」であると考えがちですが、課金対象は顧客とは限りませんし、製品やサービスの提供も今すぐであるとは限りません。たとえばデジタル時代に最も普及しているビジネスモデルの一つである「サブスクリプション」も、顧客の購入や利用時点での課金ではなく、継続利用に対する支払いを得るモデルです。
課金という概念を導入することによって、多くの収益源を見つけることができるようになります。 多様な収益源を獲得する上で注意したいのは、「製品の多角化」と「課金点の多様化」は全く別の概念であるということです。製品の多角化は、単に売れた既存製品に対してラインナップとして新しい製品を加えていく手法です。これでは複数のプロダクトによって収益源が増えただけで、収益源は1対1であることに変わりはありません。
課金点の多様化では、主要製品やサービスを中心に、それを取り巻く周辺に顧客の利用や体験を補完する製品やサービスを配置することを模索し、そこに課金点を追加・拡張するように検討します。
例としてはテスラが行う「温室効果ガスの排出枠の販売」が挙げられます。テスラの主要サービスは一般顧客向けの自動車販売とEVエネルギーの販売ですが、自社製品の強みであるEVによって省かれた自社の環境規制クレジットを企業・法人向けの商品として競合他社に販売することで第二の収益源を得ていました。
このような収益の獲得は、主要プロダクトの顧客に提供する価値を拡大することだけでなく、価値を提供する先・相手を変更することによっても可能です。 このように収益源の多様化においては、課金という概念を用いながら、主要製品やサービスを中心にそれを取り巻く周辺に利用や体験を補完する製品やサービスを配置することで「課金点を増やす」ように考えていくと、強固な収益を持つビジネスモデルのデザインが可能になると考えられます。
課金プレイヤーと課金タイミング
課金点を増やすという視点で収益源の多様化を目指す上で重要な要素として「課金プレイヤー」と「課金タイミング」をあげることができます。
まず「課金プレイヤー」とは、当該の製品やサービスに課金する顧客を指します。現在支払っている顧客だけでなく、潜在的に支払う可能性のある顧客も含まれます。この顧客には「一般消費者」と「企業や組織・団体」の両者がおり、それぞれに「主要顧客」とその周囲を取り巻く「顧客関係者」がいます。
多くの場合、主要となる製品やサービスの主要顧客が「一般消費者」である場合、無意識に「企業や組織・団体」を排除しがちです。が、先程あげたテスラの例のように、主要サービスの主要利用者が一般消費者である場合でも主要顧客を広告主である「企業や組織・団体」として設定が可能ですし、利用者便益に特化するという観点でその逆も可能です。
次に「課金タイミング」とは、顧客の支払いタイミングを指します。課金タイミングには、販売によって即時に課金する以外にも、時間差での課金や複数の機会をまとめて課金する方法などが考えられます。製品やサービスの利用者の活動ジャーニーとして、購入から利用、使いこなし、メンテナンス、バージョンアップ、解約...といったプロセスが考えられます。そのプロセスのうちには「アップデート」や「アップグレード」が存在しています。
こうしたタイミングが新たな課金点となり、より顧客を満足させる価値創造の起点にもなります。 このように主要製品やサービスを「課金プレイヤー」「課金タイミング」で見つめ直すことで、新たな収益源を生み出す視点を得ることができます。
ビジネスモデルのイノベーション
最後に、ここまで紹介してきた要素を整理していきます。
1.価値創造と価値獲得
まずは、ビジネスモデルの基盤である「価値創造」と「価値獲得」です。「価値創造」は、誰に・何を・どのように提供するかという観点で、製品やサービスを通じて顧客に対する価値提案と価値提供プロセスによって成立します。そうした価値創造によって得た収益からコストを差し引き利益を獲得することを「価値獲得」と言います。当該ビジネスで得られる成果や利益はこの2つの要素によって決まります。価値獲得と価値創出のパターンやその組み合わせについてはビジネスモデル&マネタイズ動画④にてご紹介いたします。
2.利益イノベーション
つぎに、「利益イノベーション」です。新たな製品やサービスの開発は「価値創造イノベーション」であり、価値獲得に向かうイノベーションを「利益イノベーション」としてご紹介しました。企業が持続的に成長するためには「価値創造・利益イノベーション」の実現が不可欠であり、世界を牽引するビジネスの多くがこれらを実現しており、利益イノベーションを軸に価値創造を行う重要性についてお伝えしました。
3.収益源の多様化
そして「収益源の多様化」です。収益減の多様化は主要製品やサービスを軸に、課金点を模索する考え方です。そのための視点として「課金プレイヤー」「課金タイミング」をご紹介しました。
持続的なビジネスモデルのデザインにおいては、このような視点を織り交ぜながら、価値創造に偏ることなく価値獲得についても考慮すべきです。自社のリソースや既存のビジネスモデル、顧客基盤を見つめ直し、これまでにないビジネスモデルのイノベーションへ挑戦いただけることを期待しています。
さいごに
ここまで3回に渡りビジネスモデルイノベーションの考え方ついてご紹介してきました。最後にお断りをしておくと、これらは新規事業を創出するにあたり知っておきたい基本的な概念となります。実際のプロジェクトではこうした基本的な知識のほか、さらに専門的な業界やビジネスの知識や経験が求められます。
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【参考書籍】
・川上昌直『収益多様化の戦略―既存事業を変えるマネタイズの新しいロジック』東洋経済新報社 、2021年
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