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【ビジネスモデルイノベーション#01】価値創造と価値獲得

本シリーズでは3回に渡って、ビジネスモデルイノベーションについてご紹介いたします。


・新規事業創出について検討したいが、どこから始めればいいかわからない

・新規事業チーム内の共通認識を作りたい

・ビジネスモデル構築の基本的な考え方を理解したい


といった方々のお役に立てますと幸いです。


本シリーズ・新規事業創出における方向転換・探索と適応に関する記事の一覧



本稿は、川上昌直『収益多様化の戦略―既存事業を変えるマネタイズの新しいロジック』東洋経済新報社 / 2021年を参考に、収益設計の初学者向けに本書の一部をわかりやすい説明を加え整えたものとなっております。本稿と合わせ書籍もお買い求めいただき、体系的な学習へステップアップしてください。



ビジネスを構成する3つの要素

ビジネスモデルを検討する際、ビジネスを構成する3つの要素として、何を売るのかという「製品やサービス」、誰に売るのかという「対象顧客」、いくらで売るのかという「価格」に注目する必要があります。


というのも、同じ商品でも購入する顧客やシーンの設定により価格が変動するからです。また、同じ製品でもかかるコストによって価格を変動させなければならない場合もあります。 



まず1つ目の要素である「製品やサービス」についてです。「何を作るのか」「どう作るのか」が価格に、その価格が顧客設定へ影響を与えます。たとえば、新しいサービスを開発する際、どんなスペックの製品やサービスを作るのかによって価格が異なります。東京を拠点に開発する場合と、人件費が安価な地域で開発する場合(いわゆるオフショア・ニアショア開発)とでは、かかるコストが異なります。そして、その価格設定が一般相場より高額なのか、あるいは安価なのかによって対象顧客を選定する必要も生まれます。 



次に2つ目の要素である「対象顧客」です。誰に売るのか、という観点でも製品やサービス、価格に大きな影響を及ぼします。たとえば同じペットボトル入りの飲料です。市中のコンビニで購入する際と、ホテル内に設置された自動販売機で購入する際の価格の違いに気づいたことがある人は多いのではないでしょうか。これは対象としているホテルに宿泊している顧客がホテル館内で「外出することなくすぐに購入したい」というニーズが高いため、市中での販売価格よりも高額の設定が可能になっています。 



そして3つ目の要素である「価格」です。製品やサービスの価格設定は、顧客の「期待値」や「支払い意欲」によって変動します。たとえば100円均一の商品は顧客が「100円で購入したい」と考えているため、常に一定の価格で販売されます。一方、宿やホテルの宿泊価格や飛行機のチケットなどは、繁忙期や売れ行きによって金額が変動するダイナミックプライシングが導入されていることが一般的です。これは顧客が「この時期に行きたい」と強く感じているからです。 


このように、ビジネスを構成する3要素はそれぞれ綿密に関係しているため、ビジネスモデルを検討する際には、それぞれを調整しながら最適な組み合わせを模索していく必要があります。



価値創造と価値獲得と収益化

多くの企業は、製品やサービスという価値を生み出し、それらを顧客に提供することによって対価を得ています。さらに、そこで得た対価を原資として、よりよい顧客価値を創造することで、さらなる対価・利益を得ることを目指しています。


この一連の流れは「価値創造」と「価値獲得」に分けることができます。 「価値創造」は、顧客に価値を提案することやそれを生み出すプロセスから成り立ち、付加価値を生み出す活動とも表現することができます。企業は「ヒト・モノ・カネ・チエ」といった経営資源を用いて、顧客の生活を豊かにしたり、顧客の課題を解決する便益を提供しています。



そうして生み出し提供した価値を、今度は「価値獲得」という形で収益に変えます。「価値獲得」は企業が事業活動から利益を得ることを指します。かけたコストと顧客が受け取る価値をもとに価格を設定し、利益を生み出す取り組みを「収益化」と呼びます。



「収益性」と「利益率」と日本的ビジネスモデルの限界

顧客との取引を通じ、企業が利益を生む構造を詳しく見ていきましょう。


利益は「コスト」と「収益」の差分で生み出されます。「コスト」は製品やサービスを生産し、販売・管理するためにかかる費用を指します。「収益」は製品やサービスの販売や提供を通じて得られる収入です。収益の大きさは、製品やサービスを顧客に提供する価格や販売方法によって決まります。新規事業創出においては、このようなコストと収益のバランスを検討する必要があります。 



まず、収益性を高めるためにできることは「販売数・取引数の増加」です。これは顧客数および顧客一人当たりの購買数や取引数によって決まります。取引あたりの利益率が小さい場合でも、大量に取引することによって大きな利益を出すことができます。コストを抑えた製造、仕入れや販売に優位性を持つ場合に優位に働くモデルです。 


つぎに、利益率を高めるためにできることは「収益に対するコストの割合を減らす」ことです。単にコストを減らして価格を上げることは顧客の不満につながるケースがあるため、ここでは「顧客の支払い意欲を高めるような価値を提供する」と考えることが重要です。優位性や差別化、独自性、ブランド価値の向上などが顧客の支払い意欲を高めるために有効です。「顧客の支払い意欲を満たす価値の創造」つまり「いかに高い付加価値を持つ事業を創出するか?」は新規事業創出の際に最も注力すべき観点であると考えられます。 


ここまで見てきたように、製品やサービスを販売する価格は「顧客の支払い意欲」を考慮する必要があり、事業の収益や利益を決める重要な指標です。 さらに、価格は顧客が製品やサービスから享受し感じる「顧客価値」を決める上でも重要な要素になります。顧客が感じる「お得感」とも言えます。定められた価格よりも、顧客が感じる「お得感」が高い場合に「顧客価値」が得られるともいえます。価格が安い方が顧客が感じる「お得感」が大きいため、多くの顧客が欲しがると考えられ、企業はできるだけ安い価格をつけようとします。 



トヨタや日産、パナソニックや日立・東芝といった1990年代初頭まで世界のトップ企業として名を馳せてきた日本企業のものづくり企業の多くは、こうした価値創造と価値獲得を、顧客が感じる「お得感」を軸に最適化することに特化してきました。他国のメーカーが提案した便益を上回るものを、ムダのないプロセスの構築によりコストを低減し、他国よりも安く作る方法を生み出すことで価値創造につなげ、そこに低い価格をつけることで顧客価値と利益の両方を上げていくというモデルの追求はまさに日本的ビジネスモデルといえます。 


しかしながら単一の製品やサービスのみで利益を生み出す従来の方法では限界が見え始めてきました。現代の事業環境で大きく利益を生むには、柔軟に価値創造ができる環境を手に入れる必要があります。そうした事業環境を、高付加価値を獲得する新規事業とともに構築するビジネスモデルの構想が求められています。



世界を牽引するデジタル企業の収益化

世界を牽引しているデジタル企業はどのように利益を得ているのかを見ていきましょう。日本的ビジネスモデルと、GAFAMをはじめとした世界的デジタル企業の価値創造と価値獲得を端的に示すと下図のように表現できます。

川上 昌直 (著)「収益多様化の戦略」をもとに筆者作成

右側の価値獲得の方法が「適正価格の設定と防衛」から「多様な収益減」へ変わっていることがお分かりいただけると思います。これはデジタル企業がこれまで実現してきた利益の作り方が、これまでのものづくり企業やもの売りの企業のそれとは全く異なっており、「収益化」の意味が変化していると捉えることができます。 


デジタル企業の価値獲得は、プロダクトの適正な価格設定によって収益を確定させることにとどまらず、それ以外の様々な方法で利益を出すことを意味しています。こうした企業はプロダクト販売で利益がでなくても、別の箇所で利益を出す方法を積極的に模索します。フリーミアム、定額制サブスクリプション、従量制サブスクリプション、ロングテール、マッチメイキング、メンバーシップなどが代表的な例です。

これらは、顧客に対する価値創造の一部から取り分をもらうという、プロダクト販売とは異なる価値獲得であるといえます。 


しかしながらこうした利益の創出は、ものづくり企業やもの売りの企業にとっては、知識としては知っていても、いざ実行するとなるとなかなか踏み出せない方法でもあります。製品やサービスを通して利益を得るという従来の考え方が染み付いているため、斬新な利益の生み出し方を目の当たりにしても自社には無関係な儲け方であると認識してしまうかもしれません。 デジタル時代の価値獲得では、価値創造をベースとしながらも課金対象はプロダクトに限らず、ありとあらゆる形で自在に収益を生み、利益を最大化する価値を講じることを視野に入れたビジネスモデルを検討できると良いでしょう。


ここからはいくつかの事例をご紹介していきます。



多様な収益事例①コストコホールセール

コストコホールセール(Costco Wholesale)は、1983年にアメリカ合衆国で設立され、同年にワシントン州シアトルに最初の店舗がオープンした、会員制の倉庫型店舗の運営事業者です。



現在は世界各国に展開し、日本でも「コストコ」の名称で馴染み深く、国内で30以上の店舗展開を行っています。 コストコの価値創造は「低価格で顧客に商品を販売する倉庫型の小売事業者」であり、この点のみで考えると薄利多売のビジネスモデルのように思えますが、それをカバーしているのは「顧客から徴収する年会費」という価値獲得の手法です。

小売事業単体ではほとんど利益が出ておらず、年会費によって店舗や物流を維持しながら大きな利益をあげているのがコストコホールセールのビジネスの特徴といえます。


コストコはこうしたビジネスモデルのもと、全世界で店舗を展開しながら約1億1100万人の会員を獲得し、流通業としてウォルマートに次ぐ時価総額を記録する成長を見せています。



多様な収益事例②テスラ

テスラ(Tesla)は、テスラは、2003年にアメリカ合衆国で設立され、現在では革新的な電気自動車(EV)メーカーとして世界的に知られています。同社も価値獲得を駆使した利益の創出に取り組んでいます。


テスラの事業領域である自動車業界は、新規参入の障壁が高く、生産台数・販売台数が相当数に達しない限り赤字になるため、参入できたとしても利益を出すことが難しいことで知られています。 しかしながらテスラは赤字を最小限に抑え、短期間での黒字転換を実現し、2020年にはトヨタを抜き自動車メーカーとして世界一の時価総額を達成しました。この黒字化は極めて特異な価値獲得の仕組みによって達成されています。テスラの価値創造と価値獲得の関係性は下図のように整理できます。



 顧客がテスラの先進性や新規性、製品のデザインなどに惹かれ同社の自動車を購入すると、そこには自動車を動かすための「エネルギー」が必要になり、自動車を利用することによる「運転データ」が蓄積され、利用や経年を通じ「メンテナンス・アップデート」の必要性が生まれます。同社は自動車という1つの製品を切り口に、そこに付随する要素を展開することで多様な収益源を持つビジネスを展開しています。


これは自動車という製品を「売って終わり」という製造・ものづくりのビジネスモデルではなく、販売した自動車や購入した顧客が同社の他のビジネスの顧客としてストックされていくことで、さらに企業やサービスの優位性が高まる構造になっています。



次回:価値獲得のイノベーション

次回は「価値獲得のイノベーション」についてご紹介させていただきます。


 

【参考書籍】

・川上昌直『収益多様化の戦略―既存事業を変えるマネタイズの新しいロジック』東洋経済新報社 、2021年


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