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バイオテックが変える未来:海外ベンチャーの成功事例と日本市場への示唆



はじめに—バイオテックが注目される理由

近年、医薬品開発から食品・農業・環境分野に至るまで、多彩な領域でバイオテック(バイオテクノロジー)が注目を集めています。高齢化社会や感染症対策、地球環境への配慮など、多くの課題を抱える現代において、バイオテックが大きな変革をもたらす可能性を秘めています。


社会課題への直接的なアプローチ

医療費の増加、希少疾患・慢性疾患対策、食料問題や環境保全など、多角的な問題の解決策として期待。


技術革新のスピードアップ

遺伝子解析の低コスト化、合成生物学の台頭、AIとの組み合わせによる研究開発の効率化。


投資家・企業の注目度上昇

ベンチャーキャピタルだけでなく、大手製薬企業・化学メーカー、さらには政府系ファンドも積極的に投資を拡大。


本記事では、海外の有力バイオテックベンチャー5社の事例を取り上げ、彼らがどのように戦略を立てて急成長を実現しているかを解説します。あわせて、日本市場への示唆や資金調達におけるポイントも簡潔に触れていきます。



海外のバイオテック・ベンチャー事例と戦略


Moderna(モデルナ)

Moderna(モダーナ)は2010年にアメリカで設立され、当初からmRNA(メッセンジャーRNA)技術を核としたプラットフォームを構築することを目指してきました。設立早期には、投資ファンドであるFlagship Pioneeringなどから大規模な資金を獲得し、新たなワクチン・治療薬の開発に着手。複数の製薬大手との共同研究やパートナーシップを通じて研究開発を加速させました。


2018年にはNASDAQに上場し、当時のバイオテック企業としては最大級のIPO調達額を記録。こうして潤沢な研究資金を得たことで、感染症やがん免疫療法、希少疾患など多彩な疾患領域にわたるパイプラインを同時並行で進める戦略を可能にしました。


世界的に大きく注目を集めたのは、2020年に新型コロナウイルス感染症(COVID-19)向けのmRNAワクチンをいち早く開発したことです。従来のワクチン開発よりも短期間で大規模治験を完了し、世界各国で緊急使用許可や承認を取得。グローバルに生産・供給体制を整えたことで、急速に時価総額と企業認知度を高めました。


現在は、COVID-19ワクチン開発で得た知見やプラットフォームを応用し、新たな感染症やがん、自己免疫疾患の治療薬を拡充中。mRNA技術を活かした多様なパイプラインに注力しつつ、大手製薬企業や研究機関との共同開発を続けることで、研究開発力と市場影響力をさらに強固なものとしています。こうしたプラットフォーム型の成長戦略と大型資金調達の組み合わせが、Modernaの躍進を支える大きな要因となっています。


BioNTech(バイオンテック)


BioNTech(バイオンテック)は2008年にドイツで設立され、mRNA技術を活用した個別化医療の実現を目指してきたバイオテック企業です。創業者には医学・免疫学の専門家が名を連ね、当初からがん免疫療法を中心に幅広いパイプラインを展開。欧州連合(EU)の研究支援制度や地元大学との連携を活かし、基礎研究の成果を着実に事業化へとつなげました。


その後、がん領域以外にも希少疾患や感染症にも応用できるmRNAプラットフォームを整備し、大手製薬企業との共同研究を積極的に推進。特にPfizer(ファイザー)とのパートナーシップは、COVID-19向けmRNAワクチン「BNT162b2」の開発成功によって世界的な注目を集めました。従来のワクチン開発に比べ、短期間で臨床試験と承認取得を実現し、大規模生産・流通体制を確立。これにより、BioNTechは一気に知名度と時価総額を高めました。


上場後に得た資金や共同開発による収益を研究資金に再投資することで、mRNA技術のさらなる最適化と新領域への拡大を加速がん免疫療法、感染症、自己免疫疾患など多様な適応症へのパイプラインを持つことでリスクを分散しつつ、医療の個別化と精密化を目指しています。こうした技術プラットフォームの充実と外部連携、そして個別化医療への先行投資が、BioNTechの成長を支える大きな要因となっています。


CRISPR Therapeutics

CRISPR Therapeuticsは、2013年にスイスで設立されたバイオテック企業で、ゲノム編集技術「CRISPR-Cas9」を基盤とする新しい治療法の開発を目指しています。創業メンバーには著名な科学者が参加し、ヨーロッパ(スイス)とアメリカ(ボストン)を拠点として、世界的な研究ネットワークを構築。設立当初から先天性疾患やがん領域での遺伝子編集治療に強い関心を持ち、学術機関や大手製薬企業との共同研究を積極的に進めてきました。


2016年にはNASDAQに上場し、IPOでの資金調達を研究開発費に充当。特許戦略にも力を入れており、CRISPR-Cas9技術に関する知的財産の確保とライセンス供与を並行させることで、業界標準としての地位を高めています。


特に血液疾患(ベータサラセミアや鎌状赤血球症)を中心に、臨床試験を通じた実用化を目指す一方、がん免疫療法など別の領域への拡張にも取り組むことで研究パイプラインを拡充。こうした多方面の展開と、欧米両地域の研究資源を活かしたグローバル戦略が、CRISPR Therapeuticsの成長を支える大きな要因となっています。


Ginkgo Bioworks

Ginkgo Bioworks(ギンコ・バイオワークス)は、2009年にアメリカ・ボストンでMIT出身者らによって設立された、合成生物学(Synthetic Biology)の先端企業です。創業メンバーの多くが生物学やエンジニアリング分野で高い専門性を持っており、微生物や細胞を「プログラミング」して新しい機能を持たせる技術を軸に事業を展開当初から食品・農業・医薬・材料など多様な産業分野への応用を想定し、幅広い技術開発を進めてきました。


ビジネス戦略として、Ginkgo Bioworksは自社で最終製品をすべて手掛けるのではなく、微生物の設計・開発プラットフォームを企業や研究機関に提供し、共同開発やライセンス収益を得るモデルを採用しています。


これにより、開発リスクを分散しながら複数のパートナーとジョイントベンチャーを設立し、資金調達と技術実証を並行して行う体制を整えました。近年ではSPAC(特別買収目的会社)を活用した上場を果たし、大きくバリュエーションを上昇させることに成功。さらに、有望なスタートアップを積極的に買収することで、研究者や特許などのアセットを取り込み、プラットフォームの拡充を図っています。こうした多方面での連携と買収戦略、プラットフォーム型ビジネスが、Ginkgo Bioworksの成長を後押ししている大きな要因といえます。


Sana Biotechnology

Sana Biotechnologyは、2018年にアメリカで設立された細胞・遺伝子治療の統合的なバイオテック企業です。創業メンバーには、免疫学や遺伝子編集、再生医療などの分野で実績ある研究者や起業家が集結し、初期段階から大型資金を調達することで複数の研究パイプラインを同時並行で進めてきました。


幹細胞や免疫細胞、遺伝子編集の技術を組み合わせることで、がん、自己免疫疾患、遺伝性疾患など多様な領域に応用可能な治療法を追求。大手製薬企業との共同研究やライセンス契約も積極的に行い、開発リスクの分散と外部ノウハウの取り込みを図っています。こうしたプラットフォーム型アプローチと柔軟なパートナーシップ戦略が、Sana Biotechnologyの成長を支える大きな要因といえます。



海外事例・戦略のまとめ

海外のバイオテック・ベンチャー企業は、ModernaやBioNTech、CRISPR Therapeutics、Ginkgo Bioworks、Sana Biotechnologyなど、先端的な技術プラットフォームを核に多領域で研究開発を同時進行する戦略を取っています。mRNAやゲノム編集など革新的技術を活用し、大手製薬会社や研究機関との提携で承認取得や事業化を加速。複数の治療領域をカバーすることでリスクを分散し、成功時のリターンを最大化する点が彼らの成長を支える要因であると考えられます。



日本市場への示唆


①研究基盤は強いが資金規模が小さい

世界的に評価の高い大学・研究機関

日本には京都大学iPS細胞研究所(CiRA)や理化学研究所(RIKEN)、東京大学、東北大学など世界トップクラスの研究機関が存在します。これらの機関からはノーベル賞級の研究成果が多数生まれており、基礎研究の水準は極めて高いと言えます。

大学発ベンチャーの潜在力

iPS細胞研究からスピンアウトした企業(例:ヘリオス〈旧:ユーグレナ出身経営者が合流〉、メガカリオンなど)や、東大発の遺伝子治療ベンチャーが相次いで設立されるなど、日本発の新技術もグローバルで一定の注目を集めています。


②投資規模の課題と背景

国内ベンチャーキャピタル(VC)の資金力

米国に比べると、1件あたりの投資額や調達ラウンドの大きさが見劣りする傾向があります。シードやアーリーステージで数千万円~数億円規模の調達は可能ですが、10億円以上の調達は海外VCを含めなければ調達が困難である場合が多いと言えます。


市場規模の制約

製薬市場において、日本は大きな市場の一つではあるものの、米国・欧州ほどの投資マネーが集まりにくい現状があります。バイオテック企業にとっては「長期かつ大規模な開発資金」が必要となるため、国内だけでは不十分なケースが増えています。


③解決策・成功事例

欧米との共同開発・共同研究

  • モデルケース:タカラバイオ

    タカラバイオは大学や研究機関との共同研究や海外製薬企業との連携により、遺伝子関連技術のライセンス収益で事業を拡大。


  • モデルケース:Spiber

    山形県発の合成生物学ベンチャーであるSpiberは海外投資家からの資金調達を積極的に行い、米国でもパイロットプラントを設立してグローバル展開を図っています。


CVC(コーポレートベンチャーキャピタル)の活用

  • 武田薬品・アステラス・第一三共など

    大手製薬企業がCVC枠を設け、自社のパイプライン強化やオープンイノベーションを目的に国内外のバイオベンチャーに投資。海外の高度なノウハウを取り込む一方で、日本発の研究を共同開発へとつなげる動きも出ています。


欧米の大規模資金やノウハウを取り入れながら、日本の強みである高度な基礎研究を事業化に活かすことが、今後の日本バイオテック業界にとっての鍵となっています。


④規制・承認プロセスの長期化

日本特有の規制や制度

  • PMDA(医薬品医療機器総合機構)の審査

    日本の新薬承認はPMDAが担当し、欧米のFDA(米国)やEMA(欧州)に比べて慎重な審査が多いとされます。審査に時間がかかりやすく、海外で先に承認を取得してから日本に導入するケースもしばしば。

  • 再生医療等安全性確保法・薬機法

    再生医療の早期実用化を促す「条件付き承認制度」などの仕組みも整備が進んでいる一方、複数の法律やガイドラインにまたがるため、事業者側には手続き負荷が大きい面があります。

企業側に求められる長期的資金繰り

  • 臨床試験の長期化

    第I相~III相試験までクリアした後に市販後調査まで行うとなると、10年以上かかる場合も。 その間、研究開発費が継続的に必要となり、少しでもタイムラインが延びると資金ショートに陥るリスクが高まります。

  • 長期投資家の少なさ

    日本では短期的リターンを好む投資家がまだ多く、バイオテックのように長期目線の資金を確保するのが難しいと言われています。


⑤リスク分散の事例

公的助成・補助金の活用

経済産業省やNEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)の助成事業を利用し、研究費の一部を補助金でまかなう。例として、NEDOの「研究開発型ベンチャー支援事業」に採択されると、億単位の資金を得られるケースもある。

大手製薬との共同研究・ライセンス契約

  • モデルケース:ペプチドリーム

    東京大学発のペプチドリームは、自社プラットフォームを利用した創薬候補を大手製薬企業と多数の共同研究契約を結び、開発費リスクを相互に分散しながらライセンス収益も確保

  • モデルケース:アンジェス

    大阪大学発のアンジェスは、遺伝子治療薬の開発で大手企業との共同研究を進め、国内外での臨床試験を同時並行する戦略を取っています。

このように、承認の長期化リスクを軽減するためには、公的資金・外部資金・共同開発を複合的に活用して継続的な研究体制を確保し、自社単独でのリスクを最小化していく必要があります。


まとめ

日本のバイオテック産業は、世界最高水準の基礎研究力を持つ一方で、資金調達や承認審査といった点で課題を抱えています。しかし、近年はグローバル連携が活性化しており、海外投資家から大規模資金を誘致するベンチャーや、大手製薬企業がCVCを通じて共同開発を進める事例も増えています。また、規制の面でも再生医療など一部の領域で改革が進み始めました。

研究基盤の強みを最大限に活かしつつ、海外との共同開発・共同研究で大型資金やノウハウを取り込むことが日本バイオテックの国際競争力を高める上で重要と言えるでしょう。さらに、公的助成・補助金や共同研究によるリスク分散を図ることで、長期間にわたる開発費の確保と国内承認プロセスへの対応を乗り越える道が開けると考えられます。


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